はじめての連載。
女優
祷 キララ
喫茶店で、奥の席に座っていた女の人が、壁に背中をくっつけて遠くを見つめていた。そして、ふいに、かぼそく歌いはじめた。誰もその人を見ないし、動かなかった。白髪で、オレンジ色のシャツを着たその人は、1人きりで、歌うような不思議なリズムで、喋っている。しばらくするとこう言った。
······いつもひとーりぼっちなんです。男性であーれ、女性であーれ、語らうこーとのできる人が必要なーんです。友達がほーしいと思った時期もあーりました。みんな、ゆーめを追うでしょう。勉強したーいことがあったら勉強しーたいこと···
新しいお客さんが入ってくると、その人は口をつぐんだ。リズムが途切れる。しばらくするとまたしゃべり始める。まるで遠い外国の言葉のような、お経のような妙なリズムで、今度は浄土宗の話が始まった。
夕方になって、私は店を出た。
駅の階段をのぼると、窓の外をじっと眺めている人がいた。
夕焼けだ。夕日がくっきりと見える。空も、雲も、優しい色をしている。なんとなく、切ない感じがしてくる。私は夕日と対峙した。夕日は、昼間見る太陽とはまるきり別の風格でもって、しずかに燃えている。まばたきすると、光るかけらが視界に散らばった。仕事帰りの人たちの足音。学生たちの笑い声。私も、電車に乗らなくちゃ。
札に向かって歩きながらもう一度まばたきしてみると、すれ違うたくさんの顔が、たくさんの夕日になって、ぱらぱら光った。
中学生くらいの頃,季節の変わり目になるとよく鼻血が出た。
“間(あわい)”には、得体の知れない何かがある気がする。季節と季節の間、子どもと大人、日と月の、月と日の······間。あわい。色んなものの輪郭が、やわらかくぼやけて、形あるものもないものもつながって溶け合って、ぐにゃらぐにゃりになるのだ。そんなわけで、本当は涙を流したかったからだも、気づいたら鼻血を流していたりする。
時が経ち、私の鼻血は止まってしまった。
このごろは私の細胞が、時々まちがえて思い出し泣きしている。
この夏は、色とカフェラテ、ときどきビール
Profile
祷キララ
2000年3月30日生まれ、大阪府出身。2009年に『堀川中立売』でスクリーンデビュー。主演を務めた『Dressing Up』にて第14回TAMA NEW WAVE ベスト女優賞を受賞。数々の映画・ドラマ・舞台に出演。主な出演作に『左様なら』、『アイネクライネナハトムジーク』、『サマーフィルムにのって』、『忌怪島/きかいじま』、玉田企画『영(ヨン)』、iaku『モモンバのくくり罠』など。2024年2月4日から出演する舞台パルコ・プロデュース2024『最高の家出』が紀伊國屋ホールにて上演(他、地方公演あり)。